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Asia-Pacific Region Intelligence Center

5月の風に立つ2人 본문

Guide Ear&Bird's Eye/미얀마[버마]

5月の風に立つ2人

CIA Bear 허관(許灌) 2012. 5. 30. 10:43

 

                                                        者会見するセヌリ党の朴槿恵選挙対策委員長=12日午前、ソウルの党本部(共同)

 

アジアの2人の女性政治家が新しい扉を開こうとしている。

 ひとりは年末の韓国大統領選挙で史上初の女性大統領をめざす有力候補の朴槿恵氏。韓国は30日、第19代国会の任期に入るが、さきの総選挙で与党勝利に導いた朴氏にとって、新国会のスタートは大統領選への始動である。

 もうひとりはミャンマーの民主化指導者、スー・チー氏。氏はきょう、バンコクで開幕の世界経済フォーラム東アジア会議にミャンマー最大野党、国民民主連盟(NLD)党首として出席する。外国訪問は実に24年ぶりの国際舞台である。国政の場では野党リーダーとしての活動を始める。

 くしくも韓国とビルマ(ミャンマー)はさきごろ29年ぶりの和解を果たしたばかりだ。

 1983年、スー・チー氏の父、アウン・サン将軍の眠る廟(びょう)で起きた北朝鮮工作員による爆弾テロ事件(ラングーン事件)から、北朝鮮に軍事協力するミャンマー軍政と韓国の間には深い溝があった。ミャンマーの民主化を受けて李明博大統領がミャンマーを電撃訪問したのは5月の中旬だ。

 その83年の2人。数々の学問を修め英国を居に祖国をみつめていたスー・チー氏は独立前からの父の足取りをたどり、彼女が2歳のときに凶弾に倒れた父、アウン・サン将軍の伝記を執筆していた。同じころ、父、朴正煕大統領(暗殺事件は79年)を凶弾で失ったばかりの朴槿恵氏は青瓦台(大統領府)をひっそりと出て、父を「独裁者」と激しく攻撃する世間から身を引き思索の日々を過ごしていた。

 それぞれが国難に際し、政治家としての自らの道を決した。スー・チー氏が立ちあがったのは88年、ネウィン政権の通貨切り下げを機に爆発した政府と民主化勢力の衝突と混乱に揺れる国民に語りかけるためだった。朴槿恵氏を動かしたのは、97年のアジア金融危機で韓国がIMF管理下に陥り、父の時代から築き上げた韓国の成長が一夜にして暴落し、路上で提供される食事を待つ長蛇の列を見た怒りだった。

 来し方に共通項を探してみてもあまり意味はないと思うのだが、朝鮮半島とインドシナ半島を覆った冷戦という時代と、湿度を含んだアジア的な風景が、遠い父を見るようなまなざしの2人の背景に色濃く映っている。

 ソウルの5月は薫風の季節だ。ネピドーは暑季と雨期のはざま。熱い風が吹くのだろうか。近い将来に両氏が会ったら、どんな話を交わすだろうかと想像している。(編集委員 久保田るり子)

 

                                               2日、ミャンマーの首都ネピドーの連邦議会に初登院するアウン・サン・スー・チー氏(共同)

 

 

                                                2日、ミャンマーの首都ネピドーの連邦議会に初登院したアウン・サン・スー・チー氏(共同)